2011年1月29日土曜日

ギター買っちまった

左:Lumber L100M 右:Martin D18VM
ギターを買ってしまった。
パーラーサイズ、いや、ミニサイズである。
これで我が家にあるギターは、息子のを入れて、アコースティックが4本、エレキが2本である。さらに、ベースが3本、マンドリンが1本、カミさんのバイオリンが2本、娘のラッパが2本。まさに楽器だらけだ。一家でビョーキ?

ブツの名前はLumber L100Mという。島村楽器のオリジナルである。値段は11,800円だった。とくに安売りをしていたわけではない。これが定価らしい。ワシが今まで買ったギターの中で実質価格は最低である。

Lumberは島村オリジナルの中で最下級のシリーズにつけられた名前である。一番高いのはHistoryで、これは、あのフジゲンが作っている。しかし、Lumberって、製材もしてない材木ってことか・・・もうちょっとましな名前がつけられなかったのか。

中学2年の時、一番最初に買ったギターはガットギターで、7千円だった。1972年の7千円は今の価値にすると2万円程度であろう。7,000円を1972年の消費者物価指数でデフレートすると19,284円(2005年価格)となった。そのガットギターはその楽器屋さんで最も安いギターだったから、今度買ったものはそれよりも相当安物ということになる。

実は、前から小さいギターが欲しかった。どんなものかといえば、例えば往年のMartin O16NYとか、O18とかそんなの。数ヶ月前、ミハマニューポートにあるハードオフで、KヤイリのOサイズのギターをジャンクコーナーで発見した。音もなかなかよかった。しかし、ジャンクなのに3万円は高い・・・ということでしばらく思案していたら売れてしまった。 残念。

前回のバンドの練習の時、ヤマハのFGジュニアを持っている先輩が、なかなかおもしろいという話をしていたので、島村楽器を覗いた。FGジュニアを弾いてみたのだが、音は全然よくなくて、この値段じゃあこんなものかとも思ったが、買う気は起きなかった。で、ヤマハのとなりにあったLumberも弾かせてもらった。そしたらこっちの方がずっとましな音がする。これで1万2千円ならいいやと思い、その場で買ってしまった。

毎日弾いている。安っぽいのだが結構いい音がする。その昔ブルースマンが弾いてたようなポコポコした音だ。ブルースに向いてるかも知れない。しばらくは飽きずに遊べそうである。

サドルは一応オクターブ補正がされているが、
12フレットを押さえた音は明らかにフラットしている。
いずれ牛骨で作り直してみたい。



ロゼッタは一見アバロンのように見える。
しかしこんな安楽器にそんなものをつけられるわけはなく、
ただのキラキラしたシールだった。

2011年1月23日日曜日

マンドリン

私のマンドリンである。
Hoscoが出しているBlantonというブランドのマンドリンだ。
生産国はたぶん中国。どこで作ったかは書いていない。

この楽器を買ったのは何年前だろう・・・。
たまたま立ち寄った島村楽器にぶら下がっていた。
弾かせてもらうと、ポコポコと丸い、いい音がする。
だいたい安いマンドリンというのは、ポコポコとした丸っこい音は出ないものなのでちょっとビックリした。その音が気に入ってその場で買ってしまった。5万円くらいだった。
中国製の楽器も相当品質がよくなってきた、そう思わせる一品である。

70年代は日本でもマンドリンをいっぱい作っており、ブルーベルやカスガなど安めでいい楽器を作っていたものである。しかし、80年代中頃からバンジョーもマンドリンもほとんど楽器店から消えてしまった。ギターもエレキでなければ売れないらしく、売り場は相当小さくなった。アコースティック楽器が息を吹き返したのは90年代の後半からだろうか。おそらくクラプトン以来のunpluggedブームからだろう。
ここ5,6年はバンジョーもマンドリンもそこいらの楽器屋で見るようになった。買う人はどれくらいいるんだろうか。

せっかく買ったマンドリンなのだが、ちっとも弾いていない。
だからほとんどまともに弾ける曲がない。
今日は、久しぶりに触った。
バンドでやっている新曲 "The fields have turned brown" をちょっと弾いてみたかったからだ。デビッド・グリスマンの弾くソロをちょいとマネしてみた。グリスマンのソロとはいえ、難しいものではなく、和音のトレモロが中心で、マンドリン特有のメロウな音が生きるソロである。

この曲は、私がリードボーカルなんである。
今度は歌の練習をしないと・・・

2011年1月13日木曜日

寅さん

「男はつらいよ 寅さんDVDマガジン」というのが発売された。初回は、第1作である。
買ってみた。いやあ、おもしろかった。

そもそも、寅さんシリーズが好きなわけではない、が、別に嫌いなわけでもない。
世代が世代なので、日曜日の昼下がりや「ナントカロードショー」といったテレビ番組ではよく見たものである。そのたびに笑いながら見ていたと思う。また、ワシが若い農業改良普及員だった頃、農協青年部や農家のオヤジ達の視察のあと、バスの中ではだいたい「男はつらいよ」のビデオを流していたので、結構見ているのかも知れない。

「男はつらいよ」は、テレビの水戸黄門のように予定調和のドラマである、とワシは思っている。毎週8時28分頃になると、パパパ~ン、パパパ~ン、ドコドコドコドコ と弥七のテーマが鳴り、35分頃にはご老公一行と、悪者が一触即発になり、チャンチャンバラバラのあと「この紋所が目に入らぬか」となる。だから、30分頃から見始めても、全部を見た気になれるのだ。

「男はつらいよ」も後半だけ見ても何となく全部見た気になれるような気がする。まあ、水戸黄門とは違って全編を見てみたいとは思うが。しかし、第1作は違う。全体のパワーが違うのである。かつてテレビで一度だけ見たことがあるが、笑いも涙も、その後の寅さんと段違いのパワーを感じた。それを覚えていたので、今回のDVDマガジンを買ったのだ。しかも初回は半額である。お得だ。

あらためてみてみると、みんな若いのに驚く。倍賞千恵子は本当に可愛かった。前田吟も青年だ。この映画はこの人達の若いパワーと笑いにあふれている。それから前田吟の父親役の志村喬がすばらしい。

このシリーズ、あと買うとしたらなんだろう・・・。確か浦安が舞台になった作品があった。あの、消えてしまった浦安の漁村の風景を見てみたい。

2011年1月3日月曜日

謹賀新年

あけましておめでとうございます。
今年もまた始まってしまった。あと2ヶ月で52歳になる。
光陰矢のごとし。過ぎ去ってしまうとあっという間であった。
自分が死ぬときもそんな感じで過去を振り返るんだろうなあと思うと、人生の終わりということがリアリティを持って感じられるようになる。まあ、そんな年齢なんでしょうよ、嫌だけど。

ここのところ数年は、年賀状を作るのが押せ押せになってしまい、毎年30日か31日に投函という羽目になる。今回も31日の朝に投函した。
昔は年賀状を作るのがおもしろくて、12月に入るとああでもない、こうでもないと、いろいろと思案を重ねてプリントゴッコで製作したもんである。
中でももっとも出来がよかったのは25歳の頃作った、丑年の年賀状だった。残念ながら図案は残っていない。自筆のイラストで牛がピースをしていて「能ある牛の爪はチョキ」と言っているものであった。この年賀状は各方面から多大な反響があり、「おまえ、バカだな」とか「おもしれえな」とか、「カワイイ」とかいろんな感想をもらった。牛が言ったセリフはオリジナルではなく、大学時代に同級生の上野氏が言った「能ある豚の爪はチョキ」をパクったものである。まあ、どちらも偶蹄目であり、口蹄疫にかかる動物である。当時は畜産担当普及員をしており、ホルスタインの「六白」にはこだわったものである。六白というのはホルスタインの特徴で口先、四肢、尾が必ず白くなるということによる。

今年の年賀状は、御用納めまで全く考えておらず、29日に家の掃除をしながら何となく考えたのである。ウサギの絵はうまく描けそうにないがシルエットなら・・・と考えたのがその日の夜。シルエットの向こうは・・・みんなの顔があったらいいな・・・。ということで、はじめはphotoshopで「もと5」の集合写真をウサギのシルエットの向こうに配置した。しかし、これではあんまり顔が大きすぎる・・・。

で、Googleのpicasaをいじっていたら、コラージュの機能があることがわかった。これでパソコンに入っている顔をコラージュしてみた。どうやって顔を切り取るかって・・・picasaが勝手にやっているのだよ、恐ろしいことに。それをコラージュにした。まあ、なんてすごいんでしょ、本当に現代の技術ってヤツは。で、ぎりぎり30日の夜に印刷することができたってワケです。

2010年12月26日日曜日

足の裏の飯粒

Ph.Dに挑戦したり、しようとした人はみんな知っていると思うけど、「足の裏の飯粒」というのはいったい誰が言ったんだろう。博士の学位は、足の裏の飯粒と同じで、研究者ならば取らないと気持ちが悪い。しかし、取ったところで食えるわけではない、というものだ。本当にうまいたとえ話。うますぎる。

取ったところで食えるものではないのだけれど、やっぱりホッとした。自分の中では長年の懸案事項だったから。できれば私の学位を一番心配していただいた清水先生がご存命のうちに直接報告したかったなあ。

年末を迎え、ちょうど一年前を振り返ると、本審査用の論文提出直前、デッドラインぎりぎりの調整をしていた。そういえば御用納めの日には提出論文の仮製本をしてクタクタになったことを思い出す。プリンターで100ページの論文を7部印刷し、簡易製本する。そのほかに、既公表論文、参考論文もそろえ製本する。頭で考えるとたいしたことないが、全部一人でやると本当にクタクタになった。
思えば、昨年度は本当にきつかった。よく1年で修了できたものだと思う。ラッキーだった側面もあったが、よく頑張ったなあと自分を褒めてあげたい気持ちになる。


この写真は、予備審査の直前に審査会場の教室から矢切方面を撮ったもの。独特の格好をした栗山浄水場が見える。

予備審査の日、大学は教授会で、教授会が終わり次第、私の審査会を開始することになっていた。
しかし、待っても待っても先生方は現れない。

 午後3時に学校へ行ったのに、審査が始まったのは6時過ぎだった。


今年もあっという間に過ぎていった。1日1日が年々スピードアップしていく。でも、1年前のあの日々はなんだか遠い昔のような気がする。なぜなんだろう・・・。

2010年12月23日木曜日

Robbie Robertson

The Bandが好きだ。
前にも書いた。
ロビー・ロバートソンはザ・バンドの顔であった。
あの、変態的なギターソロはロビー・ロバートソンしか弾けない、というか、ギターの音を聞いただけですぐにロビーの顔が思い浮かぶ。

これは、最初のソロアルバムのジャケットである。
このCDを買ったときのことはよく覚えている。
今から10年くらいは前だろうか・・・

仕事帰りに、京成千葉中央駅付近に用事があり、ポートタウンに車を入れた。
用事は覚えていない。いつものことで中古カメラ屋を物色にいったのかも知れない。
駐車場代をただにするためにポートタウンの新星堂でこのCDを買ったのだ。

20代半ばと思しき店員に聞かれた。
店:「ザ・バンドはお好きですか 」
ワシ:「あ、はい」
店:「どのアルバムが一番いいと思いますか」
ワ:「ザ・バンドですかねえ」
店:「セカンドアルバムですね」
ワ:「ハイ」
ま、たったそれだけのやりとりだったのだが、「あんちゃん、若いのによう知っとるな」と感心した。

このアルバムは、そのとき聴いたが、正直言って買わなきゃよかったと思った。
amazonなんかを見ると決して評価が低くはないのだが、はっきり言ってツマランです。
その日から二度と聞いてなかったのだが、昨日久しぶりに聞いてみた。
やっぱりダメだった。

この人はザ・バンド以外では全く輝いていない、というようなことを糸井重里が「ほぼ日」の対談で言っていたのだが、本当にそうだ。ザ・バンドにおけるロビーとの落差が大きすぎる。

ザ・バンドを解散してから絶縁状態になってしまった、リヴォン・ヘルムがあれだけ輝いているのに残念である。

2010年12月20日月曜日

MDを直したぞ

パソコンを核としたシリコンオーディオが普及して久しい。
もっとも売れたのはipod、最近はソニーが頑張って盛り返し、ウォークマンがipodに匹敵する売れ行きを示している。ワタシは一番最初はiriverを使っていたが、容量が少ないのでipodにしようと思っていた。しかし、ちょうどそのころ、東芝のgigabeat MET401Sが異常に安くなり、価格ドットコムの掲示板がお祭り状態になったのを見て、ヤマダ電気に行った私は、4GBのgigabeatをたった7000円くらいでゲットしたのであった。毎日車のナビにつないで、音楽を聞きながら通勤しているがコストパフォーマンス最高で大満足である。
gigabeat  動画もOK。これはyoutubeから拾ったFlatt and Scruggs

で、MDである。
もう10年以上も前になるだろうか、シリコンオーディオの登場前は、MDが台頭しそうになった時期があった。
ワタシも、オンキヨーのMD-185Xという機種を買い、レコードを録音したり、CDを借りてきて録音したりして、今はなきaiwaのポータブルMDで聞いたりしていた。
しかしポータブルMDは息子に奪われた上、すぐに壊れ、デッキの方もTOCが読めなくなり、そのうちMDを作るよりも、パソコンでCDを焼く方がラクになってしまいMDは放置されるようになった。

オンキヨーのデッキは動かないことだし、捨ててしまおうと思っていたのだが、MDにしかない音源もあり、これをPCに取り込めたらなあ・・・もしや・・・直す方法があるのではないか、と、ググってみるとやっている人がいるんですねえ。

今までCDプレーヤーは何回か復活させたことがあったが、同じようにピックアップをイソプロピルアルコールで掃除してあげた。するとどうだろう、何回かエラーが出た後、アルバムタイトルが出たではないか。PCにつないでみるとばっちり聞けた。
これで、MDにしかない音源をgigabeatで聞くことができそうだ。
賢い消費者は勝つのだ。

2010年12月19日日曜日

東大にいった

今日は某学会の理事会で東京大学へ行った。
ワタシは2期連続で理事を引き受けることになった。別に人望が厚いとかそういう理由ではなく、ワタシの選出枠で後釜がいない、ただそれだけのことだ。


今の時代、世の中みんな厳しいのだが、我々の職場も風当たりが厳しい。その中でも、我が農業経営分野はとくに風当たりが厳しく、かなりの県でリストラされてきた。私の仕事が評価されているからというワケではないのだが、喜ばしいことにウチの県はそれなりにスタッフを確保できている。しかし、その分いろんな仕事も回ってくるってワケだ。
農学部1号館






しかし、東大のキャンパスは雰囲気があっていい。大抵の国立大学ではこんな雰囲気の建物はなく、団地のような建物が並ぶケースがほとんど。ウチの大学なんかはその代表ではなかろうか。最近できた建物はちょっとかっこいいけど、我々が学部生だった頃はまさに団地のようだった。東大以外では岩手大学がいい雰囲気だったような記憶がある。こんなところで青春時代を送ってみたかった・・・って、無理か。

2010年12月17日金曜日

Memories Of John

宝塚のBOMサービスの渡辺敏雄氏が企画したアルバム "Memories Of John" がグラミー賞にノミネートされたという話題がネット上を行き交っています。といっても注目しているのはブルーグラスファンだけでしょうから、一般にはそれほどでもないだろうなあ。神戸新聞の記事なんかが出てますが、アタシが最初に知ったのはJ-GrassのMailing Listでしたな。

ノミネートされた部門はBest Traditional Folk Album。なんにしてもたいしたもんです。
アルバムの情報を見ていたら、演奏しているのはティム・オブライエン、クリス・シャープなど素晴らしいメンバー。ベースはマーク・シャッツ。

マーク・シャッツといえば、30年近く前、スペクトラムで来日したときのことを思い出します。あのバンドは衝撃でした。衝撃の核はベラ・フレックとマーク・シャッツ。二人のJAZZとブルーグラスが融合し、何とも言えないサウンドが生まれました。活動期間が短かったためなのか、レコードがCD化されることはありませんでした。ベラがニューグラス・リバイバルに参加したために短命だったのでしょうか?

東京での公演は日仏会館でやったのですが、追加公演(というかライブ)もありました。ウチのバンドはみんなスペクトラムが好きだったので追っかけました。追加公演は高田馬場のビッグ・ボックス、そして一番最後がなぜか西千葉のベル・エポックだったのです。

そのときマーク・シャッツが弾いたベースはウチのクラブのベースで、私が貸してあげたものです。マークは「オイ、もっとましなベース貸してくれよ」という顔つきで、「very nice bass fiddle」とかなんとか私に言ったことをよく記憶してます。確かにどう見ても合板で作ったベースでした。しかし、私はスラップがしやすくて好きだったんだけどなあ。ポンポンとブルーグラス向きの音がしたし。

Spectrum 左からジミー・グッドロー、マーク・シャッツ、グレン・ローソン

ベラ・フレック 若かったし痩せていた


マーク・シャッツ ベースは千葉大C&W研のもの
踊りも披露した
演奏が終わって彼らが帰るときに、マークに向かって「またお会いしましょう」と言って、握手をしてもらいましたが、あれからお会いしたことはないですねぇ。まあ、CDは聞いていますが。

2010年12月13日月曜日

ペットロス症候群とフイルム文化

今日はバンドの練習日だった。
ワシが参加しているバンドは二つあって、一つはブルーグラスのバンド、もうひとつはロックバンドである。今日はロックバンドの方の練習だった。
バンドには男女二人のボーカリストがいて、どちらかといえば女性ボーカルのK藤さんを中心としたグループである。

ところが、今日、K藤さんは来なかった。いわゆるペットロス症候群なのだそうだ。飼い猫が死んでしまい、ここのところ外へ出る元気がないのだという。私も13歳になる犬を飼っており、毎日犬に癒されている。あと数年のうちに死んでしまうのだろうが、こいつが死んだらさぞつまらなくなるであろうなあと思うので、K藤さんの気持ちは良くわかる。おまけに彼女は独身のひとり暮らしなので、なおさらであろう。

もう一人のボーカリストON寺氏は、某フィルム会社の社員である。とはいっても、民生用のフィルムは全部やめてしまった。おまけに歴史のあるカメラ事業からも撤退してしまった。彼はウチの大学の工学部化学科の出身なのだが、ズーッとフィルム事業に携わってきたのだそうだ。今は医療用のフィルムに関わっているそうだが、風前の灯火という状態らしい。デジカメは写真発明以来の大変革で、これによって多くの人にとって写真がいっそう身近になったわけだが、このままフィルム文化をなくしていいのか・・・という気もする。しかし、だからといって売れないものは私企業の事業にはならない。そろそろ「公」が保存する文化になってしまうのだろうか。フィルムにさんざんお世話になってきた私としては、「フィルムロス症候群」というほどでもないが、喪失してしまった寂しさに包まれるのである。

浅草2008年正月 Konica Centuria Super200 Pentax MZ-5
そういえば、私が最後に愛用したフィルムはON寺氏の会社が作っていた、きわめて渋い発色のネガフィルム「センチュリアスーパー200」だった。安くて素晴らしい大好きなフィルムだった。

2010年12月11日土曜日

Levon Helm

The Band が好きだ。
初めて聞いたのは高校1年の頃だったと思う。
その頃は、大好きだったBob Dylan のバックバンドとしか見ていなかった。その後、単独のアルバムも聴くようになったが、20歳くらいまではその位置づけはそう変わらなかった。

しかし、その後だんだん聞くことが多くなり、30歳を過ぎた頃からほとんどのCDを集めるようになった。そして、年々好きになっていく不思議なバンドである。私の東芝ギガビート(mp3プレーヤー)にはいつもThe Band が入っていて、わりと頻繁に聞いている。

The Band は4人のカナダ人と1人のアメリカ人で構成されていて、3人のボーカリストがいた。Levon Helm, Rick Danko, Richard Manuel の3人で、Levon Helm 以外はもう鬼籍に入っている。3人3様でそれぞれ魅力があるのだが、誰の歌が一番好きかと問われればLevon Helm と答える。好きな歌はいろいろあるが、Opheliaはかなり好きだ。




バンド自体は1976年に解散してしまい、その模様はThe Last Waltz という映画になり、結構ヒットしたので知っている人は多いであろう。ボーカリストの2人が亡くなってしまった今、再結成ということもない。

しかし残ったLevonはもう70歳になるのに元気である。2007年と2009年のアメリカンルーツ部門でグラミー賞を取ってしまった。咽頭ガンを克服し、声の調子は変わってしまったものの、それはそれで味のある歌を聴かせてくれる。この2枚のアルバム「Dirt Farmer」、「Electric Dirt」は本当に素晴らしい。私のここ2年のベスト・バイ・アルバムである。

2010年12月10日金曜日

データ解析環境 R

最近、時々「R」に触っている。

統計ソフトは10年以上SPSSを使ってきた。Rは本格的な統計ソフトとしては初めてのフリーソフトであり、大変魅力を感じていたのだが、いかんせんコマンドを覚える必要があり、そこでついつい敬遠してしまっていた。修士課程にいた頃はSASを使っていて、全てコマンドで快適に使っていたのだからRだって同じだと思うのだが、Windows時代にGUIになれてしまった脳みそはコマンドをなるべく拒否しようとする。

それを変えたのが "R Commander" の登場であった。とはいえ、いつ登場したのか私は知らなかった。わりと最近(今年になってから)その存在を知り、インストールしてみた。

R CommanderはRにGUIのインターフェイスを提供するパッケージである。これによって、Rの垣根はだいぶん下がった。何より、データを読み込むのにコマンドを探す必要がない。毎日使っているならともかく、たまにしか使わないとデータを分析に使うまでに何をするのかを忘れてしまうのだよ、50代にもなると・・・。しかし、R CommanderではExcelで作ったデータをクリップボードに積み込んでRにインポートできる。普通のWindowsの作法がほぼそのまま通用し、考える必要がない。これは結構大きい。すごくラクだ。
おかげで、私の使っているSPSSではできなかった「条件付きロジットモデル」の分析ができるようになった。
これからも、ちょっとした分析はなるべくRでやりたいと思う。もうSPSSは買えそうにないしね。

2010年12月8日水曜日

アルゲリッチ

もう10日ぐらい前のことですが、アルゲリッチを聞きに行きました。マルタ・アルゲリッチ。私はクラシックを聞かないのでよく知らないのですが、何でもすごいピアニストなんだそうです。
なぜ行ったのか、といえば、うちの娘が入っている少年少女オケがリハーサルをやらせてもらえることになり、それを公開リハーサルにすると言うのです。しかも、指揮をするのがアルミンクということで、行ってきました。
弾いているところを見ていると、タッチがものすごく柔らかく、ダイナミックスというのかな、ピアニシモ、フォルテシモの幅がメチャクチャ広かったように思います。
後ろでラッパを吹いていた娘は「アルゲリッチやばい。音の粒だちがハンパない」と、チト下品な表現ではありましたが、大変感激していたようです。

2010年12月6日月曜日

稲荷木 その昔

現在の稲荷木周辺の地図を見ると、江戸川放水路で行徳地区と別れています。この地図は2005年頃の地図です。

ところが、です、明治時代の地図を見ると地続きだったことがわかります。また、稲荷木、大和田、河原、下新宿と続く集落は、道の両側に集落があるだけでほとんど全てが水田だったことがわかります。だいたい1900年頃の地図です


そういえば、小学校に入る頃(1965年頃)はウチの周りも田んぼだらけで、我が家の目の前に流れるどぶ川(少なくとも私にはそう見えた)には、稲刈りシーズンには田舟が通っていたのです。今では信じられない話ですが。地図には「内匠堀」という文字が見えます。そう、この地域は昔は縦横に掘り割りがあり、船でものを運んでいたのですね。おそらく浦安から小名木川を経由して江戸まで農産物を運び、江戸からは「江戸ごみ」「肥=人糞尿」を運んでいたのでしょう。今になるとその形跡もほとんど残っておらず、ちょっと残念ですね。

そうそう、この地図は埼玉大学の先生が作った素晴らしいソフト「今昔マップ」で出力したのです。この先生はMANDARAというフリーのGISソフトも作っていて、そちらの方は仕事でヘビーに使わせていただいてます。こちらも素晴らしいです。

2010年12月5日日曜日

稲荷木

稲荷木(とうかぎ)。変わった地名です。ほとんどの人が読めません。
江戸川にほど近い地域です。今は江戸川の堤防からスカイツリーが見えるようになりました。
もやにかすんだ東京スカイツリー
新しい町ではありません。少なくとも江戸時代にはありました。まあ、田んぼばかりの村だったようですが。
稲荷木からちょっと南に行くと江戸川放水路によって、行徳地域と分かたれています。しかし、稲荷木はなぜか「旧行徳町」なのです。これは昔から不思議でした。
「ああ、そうか」とわかったのは古い地図を見たときです。明治の初期の地図です。稲荷木と行徳は地続きでした。八幡から行徳街道を来ると、稲荷木、大和田、河原と集落が続き行徳に入っていきます。そこに江戸川放水路が掘られ、大和田集落は稲荷木の西側に引っ越したようです。
ここは、薬屋さんと八百屋さんがあったところ
 江戸川放水路によって行徳と切り離されたように、今度は外環道路によって切り離されてしまいました。といっても地続きではあります。しかし、南に江戸川、北に外環道に囲まれ孤立してしまってます。もと米屋だったコンビニは外環道路用地になり消滅、昔賑わった商店街はマルエツができて不振になり消滅、商店街をつぶしたマルエツは外環道路用地に取られ、今は買い物する店もない町になってしまいました。なんというかまあ・・・

この町に年老いた父母が住んでいます。周りも老人が多い。老人か、最近引っ越してきた若い人か、そのどちらかしか居ないような感じ・・・
実家へ行くたびにいろいろと考えさせられます。ハァ。

ブルーグラスとオーケストラ

ブルーグラスとオーケストラの組み合わせは見たことないなあ、普通。
うちはカミさんも娘もオーケストラに入ってるけど、一緒に音楽をやることはないし・・・
一緒にやるとこんな感じになるのです。
Ricky Skaggs と Kentucky Thunder がボストン・ポップス・オーケストラと一緒にやってます。
Highway 40 Blues 。昔、リッキーがカントリーをやってた頃、よく聞いたもんです。
オケとやると音が分厚くなります。それにしてもケンタッキー・サンダーはみんなうまい。

2010年12月4日土曜日

Getting Prices Right

イギリスから本が届きました。
Peter Timmerの本で、18年前の修士課程在学中に、今年退官した菊池先生のゼミで読んだ本です。

ワシは、大学卒業後10年間働いてから大学院に入りましたから、その間はろくに英語の本を読む機会はなく、最初は結構苦労したものです。
しかし、この本は途上国の農政担当者などを読者として想定しているため、わりとわかりやすく書かれています。

当時は、農産物を高価格に維持して保護することは当たり前だと思っていましたが、この本を読んで、浅薄な考えであると知りました。

農産物の保護とか輸入を考えるとき、時々この本のコピーを引っ張り出して復習していたんですが、今回、TPPの勉強をするにあたりググってみたのです。すると、amazonのマーケットプレイスでヒットしました。なんとイギリスから900円とナンボで届いたのです。本当にビックリ。便利な時代になったものです。

TPP

ブログを開設して初回の話題がお仕事とはチト悲しいです。
11月半ば、新聞に、県が試算した「TPPによる農業生産の減少」の記事が載り、室長会議でTPPについて話すように言われました。 といっても専門外だからナア・・・ということでお勉強です。
農業でTPPについてキチンと語っているのは、元農水省のGATT室長の山下一仁氏と東大の鈴木宣弘教授でしょうね。両者の主張をネットと著書でお勉強です。