中学から高校にかけて、数学が全くできなかったワシが、今まで、こうして数学を使いながら仕事をして来られたのもM澤先生のお陰なのだ。だから、いつかお礼をしようと思っていた。
そもそも数学がダメになったのは中学1年生にさかのぼる。
ワシの中学1年時代は真っ暗だった。
まず、入学してまもなく、同じクラスのHという男にトイレに呼び出され、ぶん殴られた。理由は、目つきが悪いとか、とってつけたようなもので、単に服従させたかったのであろう。ワシだけでなく、他に3人ほど同じ目に遭い、服従させられてしまった。トホホ・・・、情けないものである。その後Hはホンマモンのチンピラヤクザになった。それだけが救い?かな。
しばらくして、そのHにおたふく風邪をうつされた。おたふく風邪が治ったと思ったら、なんだか体がだるいことが続いたため医者に行くと、腎炎だと診断された。そのせいで夏休みまで1ヶ月ほど学校を休んだ。
そのとき数学を担当していたN先生は、見るからに気が弱そうで、ツッパリ連中からは完全にバカにされていた。数学の時間には、いつも教室の後ろで遊んでいるヤツが数人いた。
N先生は「おいおい、やめなさい。座りなさい」というが、言われている方は「なんだ、てめぇ、文句あんのかよぉ」という始末。まるで最近の学級崩壊のようだ。1971年のことだから、ずいぶんと時代を先取りしていたものだ。
そんな有様だから、前から3番目くらいまでに座っていないと授業は全然聞こえない。もともと数学嫌いなところに持ってきて、そんな授業、さらに長期の欠席で数学はさっぱりわからなくなってしまった。
中学ではその後、なんの努力もしなかったが、そんな私でも、まあ、普通に進学することはできた。
高校は、ほんわかとして平和な学校であった。毎日が楽しく、飲酒、喫煙などの悪事も覚え、勉強もせず1学期、そして夏休みを過ごした。
女の子の前で喫煙して粋がってる高1のワシ となりにいるのは先日亡くなったN君 |
高1の夏休み明け、最初の数学の授業はテストであった。
結果は生まれて初めての赤点であった。M澤先生は、「いいですか、これが現実ですよ。これが現実です」と私に繰り返しておっしゃったのを覚えている。
私は、反省した。
「地道に勉強しよう」、そう思った。
しかし、その反省も長くは続かず、やがて以前と同じように楽しい毎日を過ごしていったのだ。
「いいですか皆さん、だまされたと思って毎日の授業の復習だけやってみてください。必ずわかるようになります」。2年生の最初の授業でM澤先生はこうおっしゃった。その頃私は、農学部に進学したいと思っていたが、農学部はどの大学でも受験科目に数学があった。このままでは、受験を諦めざるを得ないのではないか、そう思っていた。
ここはひとつ、「だまされてみよう」と思い、毎日復習だけするようになった。昼間に一度やったことなので毎日30分程度だったのではないだろうか。しかし、その効果は抜群だった。全くわからなかった私が、ほとんど理解できるようになったのだ。それまでちんぷんかんぷんだった数Ⅰまでもが、とくに復習したわけではないのにだいたいわかるようになったのには本当に驚いた。
私は一浪した後、無事、農学部に進学することができた。
大学を卒業してから農業改良普及員として農業に関わっていたが、10年目を迎える頃までに、自分の専門知識、技術のなさに限界を感じており、キチンと勉強し直したいと思うようになっていた。そこで、大学院研修に応募し、修士課程に進学させてもらった。
修士課程では農業経済を専攻したが、その中でも計量分析を中心に行う研究室に身を置いた。ゼミでは行列のイロハから、重回帰分析、主成分分析などの多変量解析、線形計画法などの数理計画法と、数学を使った分析法をそれなりにみっちりと学んだ。おわかりの方もおられるかも知れないが、このブログのタイトル「LPなんて嫌いだぁ」の「LP」とは線形計画法のことである。
その後戻った職場では、農業経営分析を担当し、回帰分析をはじめとした計量分析、LP、DEA等の数理計画法を使いながら仕事をしてきた。数学をもっとも苦手としていたワシが、おそらく同級生の誰よりもいちばん長く数学を使ってきた。本当に不思議なものである。これも、高校時代のM澤先生の指導のお陰である。だから一度お礼を申し上げなければならないと思っていたのである。
論文を送ったM澤先生からメールが返ってきた。
当然私のことは覚えておられなかった。しかし、メールには「「現実から決して目を背けるな」と生徒に42年間、語り続けて来ました。××さん(註:ワシのこと)のような生徒を教えていたことを、改めて嬉しく思います」とあった。
どうやら喜んでいただけたようだ。
ドクターをとって1年、M澤先生へ御礼を申し上げ、肩の荷が下りた。これでやっと私の「学位取得活動?」が終わったような気がする。
明日から新たな気持ちで頑張ろう。