2025年3月6日木曜日

名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN を観てきた

2025年2月28日、公開日にこの映画を観てきた。

   

初めてボブ・ディランのレコードを聴いたのは1973年、中学3年生のことである。通っていた総武線本八幡駅近くの進学塾の外に泥だらけで落ちていたシングル盤を拾った。片面が”From a Buick 6”であったことはよく覚えているが、もう片面は”Like a Rolling Stone”ではなかったような気がする。盤面をきれいにして針を落としてみると、ギンギンのロックの音がしてひどく驚いた。何しろ「風に吹かれて」を歌う、「反戦フォーク」の人だと思っていたから。

その後しばらくして、ボブ・ディランのレコードを買った。
好きだった岡林信康が激しく影響された人だったのでぜひ聞きたかった。

信じがたいかもしれないが、その頃、どこのレコード店にもボブ・ディランのアルバムは置いていなかった。中学生なので川を渡って都内のレコード店まで見に行くことはなかったが、おそらく当時は通常のアルバムをプレスしていなかったのだと思う。そのため、最初に買ったのはCBSソニーGOLD DISKシリーズの17cmLPだった。17cmLPというのは、シングル盤サイズの17cmなのに1/33rpmで演奏し、だいたい4曲収められているものである。形状は「ドーナツ盤」と呼ばれるシングル盤が中心に大きなが空いているのとは異なり、30cmLPと同様の小さな穴しか空いておらず、そこで識別可能だ。おそらく今は製造していないだろう。

その レコードには「風に吹かれて」と「くよくよするなよ」、そしてこの映画のタイトルの元となった「Like a Rolling Stone」、あと1曲は何だったか忘れてしまった。何というかすごいベスト盤である。なぜか今、手もとにはない。いつの間にかシングル盤の類いはどこかに行って見つからなくなってしまった。GOLD DISKにはもちろん普通の30cmLPもあったが、小遣いの少ない中学生は買うことができなかった。 

その年の暮れ、突如としてボブ・ディランのアルバムが全部レコード店に並ぶようになった。そのきっかけはサム・ペキンパー監督の映画「ビリー・ザ・キッド」である。この映画の音楽をボブ・ディランが担当したのだ。年が明けて、私は親戚からいただいたお年玉で、ボブ・ディランのLP3枚組のボックスセットを買った。

 高校時代も毎日のように聞いた。岡林とボブ・ディランは高校卒業までほとんど毎日欠かさなかったと思う。 ディランはワシの青春であった。それは間違いない。そんなファンのワシにとって、「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」の話の筋はあまりにもよく知ったことだった。ファンであれば誰でも知っている話である。マーティン・スコセッシの ”No Direction Home”の筋とも丸かぶりである。この映画のDVDはもっていて、繰り返し観たので、「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」に入り込めるのか、多少の懸念があった。

しかし、それは杞憂だった。

とっても面白い映画だった

”No Direction Home”は既存のフィルムとインタヴューで構成された、ノンフィクションであったのに対し、”A Complete Unknown”のほうは俳優が演じる伝記映画である。

ティモシー・シャラメは身なりもしゃべり方もディランにそっくりだった。歌声はディランよりも少々太く、ざらつきは少なかったが、映画が進むにつれ気にならなくなった。何より、ギターとハーモニカがレコードそっくり。相当な練習を積み重ねたのだろう。日本ではあまり知られていないだろう「ウディ・ガスリーに捧げる歌」のギターはお見事である。カントリーやブルーグラスをやっていればあまり苦労しないかもしれないが、このベースランは簡単ではない。この映画のために5年間もギターや歌を練習してきたというのだから大変な努力をしたのだろう。


モニカ・バルバロの演じたジョーン・バエズも素晴らしかった。あの伸びのある美しい声は本人のものといわれてもわからないのではないだろうか。モニカ・バルバロはギターも弾けなかったし歌も歌えなかったと言っているから、これも努力のたまものだろう。

本作ではシルヴィという名前になっているが、実際に恋人だったスーズ・ロトロを、エル・ファニングが演じている。本人とは顔立ちが違う気がするが、大変重要な役どころを素晴らしい演技でこなしていたと思う。なぜスーズ・ロトロではなくシルヴィだったのか?業界人でなかったからなのか?そこはよくわからなかった。
ボブと歩くスーズ・ロトロ


ピート・シーガーもこの話のキーになる人である。ピートを演じたエドワード・ノートンは長身痩躯でピートにそっくり。バンジョーをちゃんと弾いているのかはよくわからなかったけど、歌は素晴らしかった。

とにかく登場人物に対するこだわりは半端ではなく、みんなそっくりだった。
ニューポート・フォーク・フェスティバルで司会をするピーター・ヤーローも、Like a Rolling Stoneの録音に参加するギターのマイク・ブルームフィールドも、本業のギターを弾かせてもらえずオルガンにとりついたアル・クーパーもそっくり。ニューポートでちらっと出てくるマリア・マルダーの身なりもよくコピーされていた。マネージャーのアルバート・グロスマンはちょっと太りすぎのような気がしたけど。

モノに対するこだわりもすごい


ディランが一番はじめに弾いていたギブソン(J-50らしい)、ニューポートで弾いていたギブソン(ニック・ルーカス・スペシャルというらしい)も”No Direction Home”で観たのと同じだった。
ディランだけでなく他のみんなが使っているカポも見ていたが、よくはわからなかった。でも、多分ハミルトンカポであろう。最近はほぼ見ることはないが、昔はみんなアレを使っており、私も中学生の頃はパチもんを使っていた。一人だけ今も使い続けている先輩を知っている。

乗っていた赤いトライアンフのバイクも探したんだろう。同じものだった(と思う)。ディランは66年、これで事故を起こし、その後長い間ライブ活動から遠ざかる。

ジョーン・バエズのギターはマーチンO-45だった。
1960年頃どれくらい高価だったのかはよくわからないが、マーチンのスタイル45というのは最高級である。やはり裕福だったのだろうか?お父さんは高名な物理学者だったようだし。それに、ボブと出会ったときはすでに有名歌手だったし。
一度だけ、上野の居酒屋の旦那がもっている古いO-45を弾かせてもらったことがあるが、すごい音がした。サイド・バックは「マホガニーじゃないの?」と思うほど柾目のハカランダ。滅多にお目にかかれないものだった。

ピート・シーガーはヴェガ製のロングネック・バンジョーを持って出ていた。普通のバンジョーより3フレット分長く、5弦は8フレットのところから出ている。ワシはバンジョー弾きの人と音楽をやるようになって40年以上経つが、実際にロングネック・バンジョーを見たことはない。

楽器やバイクだけではなく、その当時の服装や町並み、家具、調度品など細部にわたって非常に強いこだわりを持って作られていると思った。

この映画は青春映画


”No Direction Home”ともっとも異なるのは、登場人物の感情の機微を細やかに描いていることであろう。”No Direction Home”ではインタヴューや映像を通して感情の動きを想像するしかなかったが、本作品ではボブやジョーン・バエズ、スーズ・ロトロ、そしてピート・シーガーの表情からより直接的に感情が伝わってくる。

過去に読んだり見たりしたものでは、ディランの登場時点ではスーズ・ロトロが恋人だったのに、そのあとはどう見てもジョーン・バエズが恋人に見える。「スーズ・ロトロとはどの時点で別れてしまったのだろう」という疑問がずっとあった。
この映画ではジョーン・バエズとスーズ・ロトロとの三角関係がよく描かれており、なるほど、こういうことだったのか、と、よくわかる。これは今まで描かれなかったことだろう。

ちょいとネタバレになるが・・・
ディランとバエズの気持ちがだんだんすれ違ってきて、2人のコンサートで、ディランがバエズから提案された曲を「今、これを歌いたくない」と拒否し、バエズが一人で歌う場面が描かれる。

その後、ディランはスーズ・ロトロを誘ってバイクでニューポート・フォーク・フェスティバルに行く。
フェスティバルのステージにディランとバエズが上がる。
 バエズ:「適切な歌をうたうわ」 とギターを弾き始める
 ディラン:「なるほど、適切だ」
”It ain't me, babe”を二人が歌う。
「君が探してるのはオレじゃないよ」という歌を、息ぴったりに歌う。

袖で見ているスーズ・ロトロの目には、みるみる涙があふれ・・・
一人で家に帰ってしまう。

いや、なんと切ないシーンだろう。


伝説の1965年ニューポート

スーズ・ロトロが帰ってしまったあと、いよいよ伝説のあのステージが始まる。
ピート・シーガーたちフェスの主催者がバンドでステージに上がることをどうやって阻止しようかと話し合い、ピートが説得に行く。
一方で、ジョニー・キャッシュは「オレは聞きたい」とけしかける。

ボブは黒い革ジャケットにサングラス、ストラトキャスターをさげて現れる。
観客はみんなブーイング、ステージにものが投げられる。

このステージについては昔からあちこちで語られてきたし、”No Direction Home"や”The Other Side of the Mirror”では映像も見ることができた。しかしこれらではブーイングだか歓声だか判別が付かないし、ものが投げられているのもよく見えない。
しかし、本作では(当たり前だけど)どちらもはっきりわかる。

激しいブーイングの中 始まる”Tombstone Blues”。
ものが投げ入れられる。
我慢できなくなったピート・シーガーが斧でPAのケーブルを切ろうとし、妻のトシ(日本人)に止められる。

3曲でステージを降りたボブ。
ステージでは司会のピーター・ヤーローが「ボブ、頼むよ、もう一曲」といい、ボブはアコースティック・ギターに持ち替えてステージに出て行く。
そして最後の歌”It's all over now, baby blue”を歌う。

ボブ・ディランはいい人ではない

Newsweekの記事は笑ってしまった。「ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑いもの...『名もなき者』でファンを辞めたくなる人続出?」というタイトルだ。
「好感度の低すぎるフォークシンガーの肖像に主演ティモシー・シャラメのファンはドン引き間違いなし」とも書いてある。

そう、いい人とはいえない。身近にいたら友達にはならないかもしれない。

ボブ・ディランを毎日聞いていた高校生の頃、動くディランは見ることができなかったし、しゃべるのを聞くこともなかった。レコードで歌を聴く以外には、雑誌の記事を読むくらいのことしかできなかった。

1978年の初来日の頃だったか、映画”Dont Look Back”がTVで放映された。動くディランを見るのに感激したが、記者の質問に答える姿を見て「えっ、こんな感じなの?」と思った。

”No Direction Home"ではいろんな姿を見ることができるし、証言も聞ける。
ニューヨークに出てきたばかりの頃、フォークウェイズに売り込みに来たディランについて「ボブは嘘つき」という証言や、友人の家から勝手に何十枚ものレコードを持ち出した事件についての証言があった。
レコード持ち出しについて聞かれたディランは、「芸術家には必要なことだったんだ」と、さらっと言ってのける。
「いや、あんた、それ犯罪でしょ」と普通なら思うよな。
ジョーン・バエズからも「ボブを理解するのは本当に大変」というエピソードがたくさん出てくる。

まあ、いい人ではないけど、それを補ってあまりあるほど才能と魅力に満ちあふれているということでしょう。

ディランをよく知らない人に勧められるか?

どうだろう?基本的なストーリーをなんとなく押さえておけば、楽しめるのではないだろうか。前述したように青春映画だし。
ロケットニュースの記事が参考になるかも。

同級生のみなさん、シニア料金で見られるんだから見て損はしないよ!







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